プール開きの季節が近づいてきました。
小6の我が子ですが、
「着替の場所は ちゃんと別れているかな」
「男子だからって見られて平気な訳じゃないし」
と、思春期に足を突っ込んでいる年齢らしい発言をしています。
(お風呂上がりには、パンツ履きながら 廊下に出てきますがね…)
スペースと時間と人員の限られている学校の授業において、
安全管理的・業務的に負担の大きい水泳指導を行うのは、本当に大変なことだと思います。梅雨の天候あり、授業数の制約もあり、結局毎年3~4回しか入っていないのでは?
とはいえ
私が小学生の頃は、
水泳授業は 楽しくて もっと開放的だった印象があります。
夏休み中にも”プール開放日“なんてものが数日あり、友達と待ち合わせて登校していました。
今なら、
「自由に泳いで帰る児童の監督までするなんて」
「夏休みもプール管理が続くのか」と、
”これも教員業務?” の筆頭に挙がっちゃいますね。
泳いだ後の着替をどこでしていたのかは…もはや不明(^_^;)
でも、そんな時代にも
男の子はコッチ、女の子はコッチ。
性別ごとの水着を着て。
裸に近い格好で さほど親しくない級友とボディタッチ。
といった事柄を、かなり苦痛に感じていた子達がいたはずです。
小学生だけでなく中学生や高校生なら尚更。
デリケートな感覚・個別配慮は今ほど尊重されていませんでしたし、その感覚を表す言葉も乏しかったと思われます。
特別支援分野における性教育も変貌を遂げつつありますが、知的段階と認知特性に応じた指導をするのは 難しいことです。
実際に、偏りの強いこだわり行動・性的嗜好が 触法行為につながってしまうケースもあります。書籍や報道で取り上げられる 少年院等における困難事例を、ご覧になった方もいらっしゃるかと思います。
そして、子ども達への指導や配慮と共に 気に掛かっているのが、
―彼らの家族への配慮はできているだろうか―
ということです。
学校や通所先、習い事に提出する書類には、
まだ「母」「父」と分けて書いたり、性別はどちらかであるのが当然!であるような書式だったりすることが多いように感じます。
パッと〇をつけられない。
どうやって書いたものか悩む。
すんなりとはいかない方の事情と心情に、少しでも寄り添えるような方法・気遣いが一般的なものになると良いな。
と、感じました。
【色々あって当たり前】
まだリビングで着替えている 我が家の6年生も、多様性理解を促す最近の学校教育のおかげか、この考え方は自然にできているようです♪恥じらいと整頓の習慣も身につくことを願って。
