
カンボジアの朝は、ニワトリの声で明けます。4時半頃にコケコッコー!と、かなりけたたましい🐔
5時頃になると、犬の吠える声、鳥の鳴き声&物音…もう本格的に目が覚めちゃいます👀
(窓枠の上に住んでいるらしきスズメ?が騒々しくて…窓をコツコツ突いたり、ピチュピチュしゃべくったりしているのです。)
屋上の写真だと、なかなかお洒落ホテルに見えますね♪ガイドブックに載らないことも多い(笑)お値段重視の宿です。
・テレビは点かない
・金庫は電池切れ
・シャワーは便器の横(バスタブなし)
・部屋鍵はフロントの机上に置いてある(盗り放題)
さて。さっそく始まった建設作業。
3月から建てている幼稚園の園舎の形が出来上がったので、ペンキを塗っていきます♪
「ちょっと待った!」
「ボランティアの素人仕事で大丈夫?」と思われましたか?
私も不安でした…塗装ならまだしも、基礎工事の手伝いやレンガ積み等の構造づくりもあります💦
スタッフの返答は「問題ありません♡」
その理由は…
カンボジアは地震が殆ど起こらず、雨季の浸水はあるものの 洪水や台風被害のない国だからです。
さらに、多少のミスは 大工さん達がカバーしてくれるようです。
か、寛容すぎる…😯
日本の子ども達も 現地の子ども達も、遊び半分〜♪といった様子で塗りたくっていますが、まぁ何とかなるのでしょう。
当然、予算のみ支援を募り大工さんだけで仕上げた方が早いのだと思います。
そこを敢えて 素人達を現場に入れ、地元の人達も作業を共にする。
このようなねらいがあるのです💡
★縁あって集った人達が 一緒に作業をする
★地域の住民は 建物に愛着をもてる
★支援する/されるに終わらない関係を築く



4月10日、スタッフから「園舎が完成しました!」との報告がありました。
先生のお家(高床式の床下)で学んでいた子達も、5月からは新しい教室で活動を開始します🍀
見て、聞いて、行動して…
思考をはさむ余白はあまりなく、新しい刺激が どんどん体に飛び込んでくる数日でした。

参加者もスタッフも互いに初対面の人ばかりですが、初っ端から人間性がぶつかり合います。
ボランティアメンバーだけでなく、地元の子ども達・先生達・ホテルスタッフ・トゥクトゥクのお兄ちゃん・通りすがりの街の人とも…
瞬間的な触れ合いの中に ”生身になった“ ”生活感” のある、温度高めの交流が生まれるのは何故でしょうか。
きっと、日本は【型】が多いのでしょうね。
行動規範のようなものにも、物事のとらえ方にも…もちろん、それが礼儀でもある。
【適当】でも 自分の感覚が “生きている“ 感じ。
様々な環境は不十分かもしれないけれど、不満や無理が少なそうなカンボジアの人々に、
ーシンプルに生きるー
という魅力を感じました。
さらに発展していく為には、このままでは立ち行かないのでしょうが、
ルールや規範、「あるべき姿」を優先しがちな日本人の私には、ちょっと羨ましく思える部分もあったのです。
注※カンボジアの人々は礼儀正しいです!「ゆるい所がちょっと多め」という印象🌴
前述の(blog②)交通マナーにはヒヤヒヤしましたが…
車もバイクも歩行者も、常に自分で判断し 瞬時に相手とコミュニケーションとって移動する!という 本来は当たり前のことが、
日本では「ルール」に守られ 頼っているんだな〜。
と、感じてしまいました。
もちろん交通ルールは守らなくてはいけない⚠️
でも、
日々 自分で考え判断して動いているか?
それは自分の考えなのか?
「しつけ」の名の下に 子に押し付けてはいないか?
↑
コレは私のことです😅
時々立ち止まり 自問しながら生活していきたい、と思うのでした。

作業日程を終えた最終日は、フライトまで各自フリー。私と子は、5泊して親しみすら感じ始めたホテルに別れを告げ(テレビは最後まで点かなかった📺️←ブラウン管)、観光ツアーに出かけました。
ートンレサップ湖ー
高校の社会で地理を専攻した私。
地理の先生は
「アレクサ!〇〇山脈はどこにある?」
「地図帳▲▲ページのB4、◆◆州の北です!」
といった具合で、まるで人間地図帳…私達も世界中の地名・海山川湖を覚えさせられました🌎️
もちろん、カンボジア最大の湖トンレサップも。
・乾季と雨季とで その面積が大きく変わる(乾季:琵琶湖の7倍、雨季:15倍!)
・周囲に広がる水田では二期作が可能
・雨季に備えた高床式住居の村が点在する
・水上生活を送るのはベトナム移民が多い(湖上の人々には国籍・住民票がない)
まさか、ここまで記憶してはいません💦
ガイドさんに教えてもらったり、予習したりした内容です。


ボートに乗る前に(乾季で水がないから)歩いたコンポンプルックの村は、
日本の生活とは違いすぎて、ただただ「その人達を、その生活を、知る」だけでした。
村の人達が、充足しているのか、変化を願っているのかは、わかりません。街に出る若者も まぁまぁいるそうです。
ガイドさんの話を聞いていると、
日本の小さな町の住人と、案外同じ感じかもしれない…と思いました。
内戦のこと、今なお続く地雷処理のこと。
もっとカンボジアで見ておきたい場所がありましたが、今回は 欲張りすぎずに。
不慣れな環境と衛生状態の中、体調崩さずに終えられたことに感謝します💕
子は、「またカンボジア行こう」と言っています。
そんな長子と6日間を過ごすのは、下の子の誕生以降はない久しぶりの経験でした。あの頃は夫も(単身赴任で)家におらず、2人で気ままに生活していたことが思い出されました。







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